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訳も知らないで

日記

自分自身の不安、人とのコミュニケーションについて考えた。

改めて自分自身の不安について考えたらキリがなくなってきて、何故か自然と泣けてしまった。やっぱり、お母さんが倒れてしまったことは大きな不安の始まりで…。これから家族3人(兄は独立しているからカウントしていない)、どうやって生きていくのかという大きなテーマにぶち当たっている真っ最中だ。

これからのわたしがどう変わっていくのか未知数すぎて不安、家族のことも不安、ひとりになった時のことを考えると不安、病気がぶり返したりしないか不安…本当にキリがない。みんな等しく不安は抱いているから、自分ひとりがつらい訳ではないと思える今があるというのは大きな意味を持っているよなあ。

視野が狭くなることが怖い。

人とのコミュニケーションについては…わたしは今色々なことをオープンにして話をする癖がついている。一旦、この癖がつくと本当に楽だなあと思う。変に誤解されて生きていくつらさは、死にたくなるほどに知っている。だから、オープンにしてしまう。

過去のことになるけれど、やっぱりありもしないことで誤解されるのはつらい。それを反論しなかった、できなかったつらさもわかる。だから、今のわたしはなるべく自分自身のことをオープンにして話す癖みたいなものがついてしまっているなあ。

オープンにすれば、コミュニケーションも取りやすい気がする。隔たりみたいなものが取れていくような、そんな気がする。誰もがわたしみたいにオープンにはできる訳ではないと思うけれど。でも、ある程度は心をオープンにすることって必要だと思う。

変に探りを入れたり、不自然に会話したり、わざとらしく言う必要はない。意識するとすれば、自然体ということを気にすること。自分らしく話そうとする努力って大切。そういうところからコツコツと積み上げていけば、いつの間にか話せるようになる。

そんなことを思った今日だった。

帰り道にいつもの友人たちとお茶をして、いつもの友人とふたりで夕飯にオムライスを食べて、ホクホクと幸せ気分になって帰ってきた。

今はこの交流があることがわたしの支えというか、楽しみになっているので助かっている。本当にいつもありがとう! 感謝感謝。

いつもの友人からよからぬ話を聞いてしまったので、ちょっと気になっているけれど、あまり気にしないようにしようかなあと思ってはいる。

友達以上恋人未満な友人だった人が今またいるのだけれども、その人との仲を疑われているか…はたまたそうではないのか…ややこしい!

気にしないのが一番だけれど、少し気になる。


今日のBGM:訳も知らないで / スネオヘアー